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民話2 蟹淵の主

蟹淵の主(隠岐の島町元屋)

   収録・再話 酒井董美(ただよし)(山陰民俗学会会長)

音声を聞く

 まあ、古いことですだいど、元屋の奥に安長の谷がありました。その奥に蟹淵という名前の淵があります。
 そこは昔からたくさんの木が生えていて昼なお暗いすごい淵でございました。
 そこにその昔、元屋の木樵りが行きて、木を伐ってちょったふうでございます。けえ、突然、どういうはずみか、斧を取りはずしまして、その斧が淵の中へどぶんと落ちたそうです。
 ところが、にわかに滝の面が沸き上がって、がいな水しぶきが立ったかと思うと、ぽっかり青い毛の生えたような蟹の爪が一つぽっと浮いてきた。
「はてな。こら不思議なことがある。」
と思っちょったら、姫さんが下からす−っと現れてきた。その姫さんは、今しがた木樵が落とした斧を持ってやってきた。
「やれ、木樵りよ。わらわはこの淵の主である。その、そこにわしを妬んでか、マエニケって大きな蟹がおって、わたくしをつめって痛めて手に合わない。…」
「…ところが、今しがた、そなたの落とした斧がその爪の根に当たって、から、爪はころっと取れて、その蟹が痛さに跳ね回ったときの細工で、その泡が立ったでしょうが、そいでまた、あなたに頼みがあって、われはまた現れた。」
 なんだか嘘のような気がするけれども、上がってきた姫さんの言わっしゃることと、その持ってきた斧が自分のである、ということに………
「は−ってな、これは事実はそりゃ、ともあれ、その自分の斧に違いないから。」
 また聞いておったらば、
「そういうわけで、まだ片方の爪が残っておる。幸いまだ片爪を出いておるから、そなたに頼むによって、もう一回、あそこの滝のそらから落としてくれんか」
て言われた。それから、
「はてな」
 そりゃまあ半信半疑でおったけれども、滝の上からず−っと滑らかいてやったところが、またもや一面に泡になって、だ−っと、がいな大暴れに淵がなった。
 そうしておったら、また姫が水の底から現れてきた。ところが、やはり前のようにまた自分の斧を持ってきて、
「なんと木樵りよ、いかにもおまえの手柄によって、そいで、わたしは急にこの蟹の苦労から、一応逃れることが出来て、おおきに助かった。その恩徳によって、おまえはこれから長生きをする。それから身上がよくなる、ということはわしが保険する。それからこの安長の谷は水量が豊かであって、いかなる日照りでもここに水の切れることはない。われはこの村の、あるとこの長者の娘であったけど、故あってここの身を沈めて主になっておる、が、元屋の人の雨がなくて日照りが続いたときには、ここに来て祈願をさっしゃい。必ずやご利益が現する。間違いないけん」
と言って、す−っとその姫は消えてしまった。
 そこで、見れば蟹の爪が二つも浮いておるわけだから、これは不思議なことがあると思っちょったら、その後、たいそうな大豪水(だいごうすい)になって、一面に大水が出て、蟹の大きな二メ−トルも差し渡しのあるような甲羅の蟹が、死体が流れちょったとや。それから後は、蟹の技(わざ)することもなくなったという。
 だれ言うとなしに、そこは蟹淵ということに初めて名がついたそうな。から、その木樵りさんも、やがては金持ちになったという話ですけど。
 まあ、ちょっと、今でもわたくしたが小まいときも、このそういう伝説があって、雨ごいにはそこへ行きよったという話もあります。まあ今に、とんと昔ね。

解説

 話し手は明治30年(1897)生まれの男性。昭和57年(1982)7月30日にうかがった話である。この話は伝説に分類される。元屋地区には今も蟹淵と呼ばれる淵があるが、わたしは一度行ったことはあるが、地元の方の話では形態は以前とは違っており、大きさは学校の教室の半分くらいもあろうか。その水面のあちこちに樹木が生えており、およそこの伝説のような雰囲気ではないように思われる。地元でも最近では語られる機会も少なくなっているようであるが、昭和11年(1936)に出された横地満治・浅田芳朗編『隠岐島の昔話と方言』ー郷土文化社報告第貳輯ーの中に出ているのが初出である。ここで紹介した話は、『隠岐島の昔話と方言』にでてくる話とほぼ同じであるが、雨乞いの部分は後者の話にはなかったところである。


 
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