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民話4 いいもの食いたい楽したい

いいもの食いたい楽したい(松江市北堀町)

収録・再話 酒井 董美(ただよし)(山陰民俗学会会長)

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ほらほらまた聞こえてきましたよ。
「いいもの食いたい、楽したい。いいもの食いたい、楽したい。」
 昔、山田村に文吉という男の子がいました。家は村一番の金持ちで、何不自由なかったのですが、この子はとても怠け者の上、人の持っているものをほしがるという悪い癖がありました。
ある日、一人で町へ出て、「いいもの食いたい、楽したい」と言って歩いて行きますと、向こうから一人の大きな男がやってきて、「坊ちゃん、おじさんがいいものをあげようか」と言ったので、文吉は喜んで男について行きました。
 すると、その男は文吉を向こう山のはずれの一軒家に連れて行きました。そして、文吉を狭い部屋に入れました。
「坊や、ここにいれば、おいしいものでも珍しいものでも、何でもあげるよ」と言います。文吉も大喜び。その男は扉に鍵をかけて行ってしまいました。
 間もなく男は両手にいっぱいご馳走を持ってきて、「ほおら、腹が減っただろう。たあんと食べな」と部屋へ入れ、またすぐに鍵をかけて帰って行きました。
 次の日も次の日も、本当にご馳走ばかりで、文吉はどんどん太っていきます。
 十日ばかりも過ぎたでしょうか。日もすっかり暮れたころ、文吉は何だか冷たい風が吹き込んでくるのに気づき、薄暗い部屋の中を見渡してみました。すると、一枚だけ畳が浮き上がり、その向こうにとっても青く痩せこけた、髪の長い女が現れたではありませんか。「幽霊だ。幽霊が出た」と文吉が言いかけますと、その女は聞き取れないくらいの声で、「坊や、早くお逃げなさい。わたしはいつも『楽がしたい、おいしいものが食べたい』と思っていましたら、あの男にここに連れてこられました。そして、ご馳走ばかり食べさせられ、坊やくらい太ったところで、身体から油を絞り取られていたのです。毎日毎日そうされて、このありさま。もう立って歩くこともできません。坊やもわたしのようになる前に、ここ、お逃げなさい。ささっ、早く」。
 女はそういうが早いか、文吉を自分の畳の下の穴に入れてくれました。
 文吉は逃げました。一生懸命走りました。そして向こうの明かりのある家に飛び込みました。
「わたしは追われています。助けてください」。
 奥から狩人らしい男が出て来て、文吉から事情を聞くと、「よし、追っ手が来るかも知れない。天井に吊してある米袋にでも入っておりなさい。絶対に動いてはいけないよ」と言ったとき、どんどんどんと扉をたたく音がしました。
「おい、ここに九つくらいの太った男の子が来たろう」
「いや、知らん」
「嘘をつけ、どこへ隠した。おや、あの米袋は何だ。怪しいぞ」と言うが早いか、追っ手は腰の刀を抜いて袋をめがけて切りつけてきました。
「もうだめだ」。文吉が思ったとたん、目が覚めました。夢だったのです。
 このことがあってから、文吉は、とてもよい子になり、お父さんもお母さんも本当に喜ばれたということです。

                         平成4年3月6日収録

解説
 この話は、昭和32年(1957)生まれの松江市北堀町出身の女性からうかがったものである。関 敬吾著『日本昔話大成』(角川書店)の「昔話の型」によれば、本格昔話の「逃竄譚」の中の「脂取り」にその類型があり、それは次のように紹介されている。

 251 脂取り(AT311、312)

1,(a)旅人がある家に泊まる。
  (b)女がある男に欺かれて一軒家に監禁される。
  (c)男が働かないので食えるように神に祈願してある家に行く。2,一つの部屋をのぞくのを禁止される。男がのぞくと
  (a)人間が油をしぼられている。
  (b)女が天井からつり下げられている。
3,見張りの男に油をとられると聞いて逃げる。
4,(a)ある白髪の婆の家に隠れて助かる。または
  (b)発見される。

 ところで、話型名の後の( )にATとあるが、まずその説明から簡単に始めよう。Aはフィンランドの民話学者アンティ・アマトゥス・アールネ(1867〜1925)のことで、Tはアメリカの学者スティス・トンプソン(1886〜1976)のこと。二人はそれぞれヨーロッパとアメリカの民話を分類し型を定め、それに番号を与えた。これをAT番号という。関先生はわが国の昔話に関連のあると思われるものについて、参考までに( )内にそれを示されているのである。
さて、この語りは、まさにここに示された話型に該当している。あちこち民話を捜して歩いている私であるが、これまでに類話は隠岐の島町郡の女性(明治32年生)が隠岐島前高校郷土部と松江市立女子高校民話研究会の合同民話調査のおり、「横着者の話」として収録されたもの以外は聞いていない。
 「楽をして食べていきたい」と思うのは、人間の基本的な欲求とも言えよう。そのような願いを背景にして出来上がった話と思われる。物語を追って行くとどきっとする展開を見せながら、実際は人間は真面目で勤勉な努力を続けることこそ、安全な生活が保障されるという健全な哲学を秘めているのである。これこそ祖先の人々が民話を通して子孫に示しているメッセージであると言える。


 
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