 1 |  | 淞江山水図(右隻) [不明] 款印はないが初期雲谷派の墨画をよく伝えている作品で、岩山を厳しいタッチで描き、家屋、船舶の描線は詳細を極めた山水画の逸品。左隻の破損がひどく展示できないのが惜しまれる。 |
| 2 |  | 御神本国兼像 [不明] 三段仏画仕立て。益田氏の祖。もと藤原氏であったが平安末期石見国司として赴任し、その後御神本氏は第4代兼高の時益田に移り益田姓に改姓、七尾城を築いた。 |
| 3 |  | 菅神像 [江戸時代] 等全は等恕の長男として生まれ、正徳2年家督を相続した。元禄4年法橋に叙せられたことが知られる。等全の作品は極めて少ない。「菅神」とは学者の神様と崇められている菅原道真公。 |
| 4 |  | 花鳥図 [室町・戦国時代] 本図はもともと雪舟系花鳥図屏風と呼ばれる6曲屏風の3扇分と考えられる。�‐彰簗牡隋↓�飛雁芙蓉、��松に飛雁の3幅。 |
| 5 |  | 花鳥山水唐人物図屏風 [江戸時代] 等益の次男として生まれる。雪渓または澹渓とも号す。寛永14年(1637)までに一家を構え、同16年法橋に叙せられた。明歴元年(1655)、狩野探幽・安信・斉藤等室・兄の等与などとともに御所の内裏の障壁… |
| 6 |  | 花鳥図 [室町・戦国時代] 本図はもともと雪舟系花鳥図屏風と呼ばれる6曲屏風の3扇分と考えられる。�‐彰簗牡隋↓�飛雁芙蓉、��松に飛雁の3幅。 |
| 7 |  | 益田兼堯像 [室町・戦国時代] 雪舟筆といわれる肖像画の中で最も優れたもので、益田城第15代当主益田兼堯の容貌を正確にとらえ、謹厳な描写で人徳の高さを表現している。大和絵風な描線でリアル感を高めているのは兼堯に対する敬虔な思いがこめ… |
| 8 |  | 雪舟禅師像 [昭和時代(戦前)] 高村光雲が東京美術学校彫刻科教授時代に同学校長正木直彦に制作を依頼され、昭和4年3月雪舟終焉地保存会の副会長であった正木より寄贈された。桂材の一木造りの座像で雪舟自画像を基に雪舟の姿を写実的に立体化し… |
| 9 |  | 花鳥図 [室町・戦国時代] 本図はもともと雪舟系花鳥図屏風と呼ばれる6曲屏風の3扇分と考えられる。�‐彰簗牡隋↓�飛雁芙蓉、��松に飛雁の3幅。 |
| 10 |  | 人麿神像 [不明] 作者の文翠は江戸末期から明治にかけての日本画家で、初め谷文晁の門に入り、のち大和絵を描く。有識・歴史的人物画をよくする。 |