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清水寺所蔵 木造男摩多羅神坐像について

清水寺摩多羅神像
清水寺摩多羅神像

清水寺所蔵 木造男摩多羅神坐像についてお知らせします。

清水寺所蔵 木造男摩多羅神坐像は、今後開催予定の企画展示「古事記編纂1300年「神々のすがた」〜古代から水木しげるまで〜」にて展示します。

以下詳細です。
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[所蔵] 安来市清水町528 清水寺

[法量] 像高53.0cm、幅62cm、奥行38cm

[年代] 鎌倉時代 (嘉暦4年〈1329〉在銘)

[銘文]
嘉暦ニニ己巳七月廿二 (日)/雲州清水寺常行 (堂)/摩多羅大明神/仏師南都方法橋/覚清生年六十一歳

 ※の部分は、おそらく( )内の字が書かれているのではないかという推測部です。


[銘文よみ]
かりゃくよんきのとみしちがつにじゅうに(にち)/うんしゅうきよみずでらじょうぎょう(どう)/またらだいみょうじん/ぶっしなんとかたほっきょう/かくせいしょうねんろくじゅういっさい



[概要]
2008年に清水寺の収蔵庫に所蔵されていることを確認。2009年2月の長谷洋一教授(関西大学、仏教美術史)による精査により、鎌倉時代の摩多羅神と判明。
摩多羅神とは、天台宗寺院の常行堂(護法堂)に祀られていた神で、中世に盛んに信仰を集めた。常行堂の阿弥陀の背後に祀られ、「後戸(うしろど)の神」とも言われる。

伝説では比叡山の円仁(第3代天台座主、慈覚大師)が中国より帰国の途次に感得し、叡山に常行堂を設け勧請したのがはじまりという。

古くは摩多羅神に祈念しなければ往生できないと言われたほど霊威ある神とされ、後には芸能の神としても信仰を集めたが、江戸時代に急速に廃れた。様々に謎を秘めた、中世の神である。
岩手県平泉の毛越寺、栃木県日光輪王寺等に祀られていることが知られているが、「秘神」とされ、像が公開されているものは極めて少ない。


[意義]
清水寺の摩多羅神も同寺の境内にあった常行堂に祀られ、公開されることが無かったが、大雪による背後の杉が20年前に倒壊、常行堂が破損したことにより収蔵庫に遷され、偶然の発見につながった。
常行堂倒壊に伴って接合部分が緩み、部分的に剥離がみられ、胴から膝にかけて多少の虫損が確認されるものの、全体には良好な状態で伝来。特に長らく外光にされされることがなかったため、褐色が少なく、彩色も鮮やかである。両掌は後補、持物を失っている。

本像は胎内銘により1329年に奈良の仏師・覚清が制作したことが知られ、制作年代が知られる最古の摩多羅神像であり、摩多羅神像の作例の基準作として極めて重要な位置を占める。




関連リンク
企画展示「古事記編纂1300年「神々のすがた」〜古代から水木しげるまで〜」

 
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